大仁田さんとのトークショー

私が、著書や、ブログ、インタビューなどで、大仁田さんを攻撃したのは、

大仁田さんを超えられなかった事に対する嫉妬であると、大仁田さんに、直接、伝えたました。(私のデスマッチ路線も、突き詰めれば二番煎じ)

……………………


ただ、これから書く事は、それに当てはまりません。

復活オファーは、絶対に受けない。

それが、これからもあれば、断交。

店に押し掛けて来て、復活オファーをして来れば、110番通報をします。


いやあ、しつこかったです。復活すると決め付けていました。
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何せ我慢


ここ数年掛けて、壊れていた人間関係を再構築して来ましたが、

再び壊れて行くのは、残念です。

プロレスラーは、働いた事がないので、

「仕事が忙しい。」

と言う断りは、通用しません。仕事は、いつでも休めると思っていますから、苦労します。


年末年始、プロレスの2会場に、顔を出しましたが、意外にも、爽やかに過ごせた、金村キンタロー引退興行。

楽しみにしていた、年始の興行は、我慢の連続。

「血が騒ぐだろ」

と聞かれたりもしましたが、とんでもない。

一刻も早く、会場を出たかったのが本音。

大仁田さんに「メインをやっている間に帰宅します」と挨拶して帰宅。

挨拶は当然の常識。



明らかに没落して行く人間を相手にすると自分も下がる。


何しろ、我慢。

スポーツ新聞が、松永復帰と報道!

スポーツ新聞が、さよなら引退興行で、松永復帰と報道

バカバカしい。

トークショーでは、遠慮して言いませんでしたが、引退、復帰を繰り返す事を、歓迎しているファンより、

バカにしているファンの方が、何百倍も多いんですよ。

話がくだらない。


あと、会場で挨拶してこなかった、新生の選手とは、絶縁する。新生はやはりダメだ。


間に入ってくれた、矢口さんと、主催者の高橋さんの顔を立てて我慢しただけです。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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