近況です

秋から冬は、比較的、落ち着いている、仕事ですが、


夏は、忙しくなります。


その初夏の6月に、テレビの、ゴールデンタイムの番組に、出ましたから、




嵐のように、忙しい、三ヶ月間で、更新する、気力も体力もありませんでした。



脚の古傷は、ガンガン痛み、松葉づえを着いて歩く事もある有り様でした。



特に、ダイエットをした訳でもないのに、体重は、82キロまで落ちました。



鏡を見る度に

「遂にプロレスラーでは、なくなってしまったな」


と落ち込んだりしましたが、






逆に、内科的な、健康診断では、パーフェクトに、健康でした。


やはり、体重が落ちるのは、いい事のようです。













本日、9月1日は、それまでが、嘘のように、暇でした。




やはり、商売は、水物です。






この機会に、落ち着いて色々考えてみたいと思います。
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音楽







この2年間、


日本では、ほとんど知られていない、世界中の、珍しい楽器を探索してみたり




果ては、楽器を自分で、作ってみて、段々耳も肥えて来ました。






結果的に、


「ギターは、実に優れた楽器なんだ


と言う事がよくわかりました。



私の作った楽器のように、たかが、2~3日で、作られた楽器とは、根本的に違いました。

(自作楽器も、見ている人を楽しませると言う部分では、良かったと思います)







探索した中で、最大のヒットは、写真1の


「コントラバスバラライカ」(ロシアの楽器)


ではないかと思います。



これが、手に入り、実物が家にある事に満足しています。、

(ロシア製は、高くて手が出なかったのですが、

これを、安価で作っている工房を、ルーマニアで発見しました。現地価格は、1~2万円ではと思われます。しかも音は、ロシア製より、ずっと上でした。プロ用の楽器を作っている工房が、趣味で作っているらしいです…)



[写真2は、自作のシャベルギターです]

今週の週プロ(大日本プロレス20周年)

大日本プロレスが、来年20週年を迎えます。




☆今週の週プロの、登坂社長のコメント。


「上の人達は、他団体がら来たから、団体愛のような物は、なかった」

(大日本プロレスの初期)




これは、正に的を得た、コメントですね。



私が、大日本プロレスに、参戦した、6年間、常に、ウイングのリストバンドを身に付けていて、


「大日魂」


と言った事も、一度もありませんでした。




そんな勝手も、普通に許されていて、



大日本プロレスが、ずっと迷走していた時代ですね。





参戦していた理由は、小鹿社長(現会長)

と登坂部長(現社長)


との、個人的な絆と、





プロレス界に、自らの足跡を残していく作業の一環でした。







楽しかったかと、聞かれたら、全く楽しくは、ありませんでした。



店の、ハードな仕事の、合間を縫っての、試合は、ただただ苦しかったです。



トレーニングも、ほとんど出来ず、


しぼんで行く、体で試合に出るのは、嫌でした。






よく、大きな、怪我をしなかったと思います。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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