本日は、大阪に来ています

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本日は、写真1の、イベントで、大阪に来ています。


終わりましたら、店に戻ります。


22時頃には、戻りたいですね。





写真2は、議員レスラーの、スカルリーパー選手です。



スカルリーパー選手の、試合です。


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大阪にて

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大阪では、試合前、


誠心会館の3人と、お客さんの撮影会が、開催されました。



写真1は、挨拶に来てくれた、元FMW、


中山香里選手。


現在は、二児の母です。


当事、16才でしたから、推定、○○才


計算、出来ます。



この後

「もう少し話したかったなあ」


と思い、会場を見渡しましたが、薄暗いので、もう見付ける事が出来ませんでした。









しかし、今でも、この挨拶は、健在でした。


http://danger1383.blog50.fc2.com/blog-entry-774.html





写真2は、何故か、売店にいた、

「ウルトラマンロビン」

選手。



「mixiでは、人気がある


と伝えると、ご満悦な様子でした。










裏話への、期待があるでしょうが、


裏話を書くには、時効になるだけの、歳月が必要ですね。

(音楽の話にしても、歳月と、実績が必要です)








帰り道、斎藤選手と、名古屋まで、二人きりで話しをする、貴重な時間がありました。



メジャー、インディーと、全く違う道を歩んで来ましたが、様々な人生経験を経て、



感じて来た事は、同じでした。






しかし、大阪→名古屋間では、とても時間が足りません。





「プロレス会場に、行ってしまったら、血が騒ぐんじゃないですか?」


と聞かれたりもしましたが、




「懐かしいな」



と、感じただけで、



血は騒ぐ事はありませんでした。

ミスターデンジャー誕生のストーリー

これは、以前にも書きましたが、


斎藤彰俊を、プロレス業界に入れたのは、実は、館長ではなく、私だったのです。


そして、それで、一番得をしたのも、実は、私でした。





元来の明るいオーラと、スター性を持っていた、斎藤選手が、


一気に、スターダムにのし上がり、


私は、抜かれてしまいましたが、




結局、それが、ミスターデンジャー誕生のストーリーラインになりました。




一気に、新日本プロレスで、開花した、斎藤選手に対して、






私は、バルコニーダイプを皮切りに、


「地味な為、スター性が無いとの、烙印を押されて、新日本プロレスを二試合で、解雇された男が、

インディーで、血みどろになりながら、挽回する」




との、対比により、開花しました。





インタビューや、著書では、何かと、斎藤選手との対比が、出て来て、






それが、

「プロレスファンは、泥臭くて、不器用な選手の方に、感情移入しやすい」


との特性を、あおった事は、たしかだと思います。






斎藤選手にしてみれば、はた迷惑な話だったでしょうね。







インディーの選手は、


泥臭くなくては、売れない時代でした。





大仁田さん、ポーゴさん、剛さんなども、そうですし、



サスケ選手も、覆面レスラーとしては、明らかに、泥臭いと思います。











後に、ハヤブサ選手が、出現して、時代は変わるのですが…
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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