いじめの話と少年時代

気が弱かったのですが、喧嘩の強さを見せる事によって、


クラスメイトの対応が変わって来ました。


6年生に進級して、

(クラス替えが無く、担任の先生も同じでした)




私は、成長期を早く迎え、身長が学年で一番になりました。





ガキ大将も、喧嘩では、クラスで、ベスト3に入る実力者でしたが、

(身長は、クラスで二番目で、短距離走や、走り高跳びでクラス1でした。

しかし、私との体格差は、大差)






私は、成長期を早く迎え、身長は、学年で一番になりました。

(この年代は、女子の方が身長が高いですが、私は、女子より高かったです)




ガキ大将と喧嘩したとても、負ける気は全くしなくなりました。




結局、クラスメイトは、敵にまわしたくない方に、全体がなびいて来ます。

(調子のいい話です)


少し前まで、嫌だった奴らは、全員

(いい奴)

になりました。





ガキ大将としても、真っ向からの喧嘩は、リスクが高過ぎ、協調路線に来ました。



私は、ガキ大将と、別のいじめ常習者と同じ班に入り、


すっかり仲良しになり、慕われました。





運動会の、学級対抗リレーの4人のメンバーにも選ばれ、運動能力でも、ガキ大将に肉薄しました。



クラスでの、ステイタスのランクは、トップクラスになりました。






体育の相撲の授業では、


「誰が、松永を倒すかの

と言う授業内容で、一人づつ、砂場に、投げて行きました。


疲れて来て、休もうとすると、クラスメイトが、


「休んじゃダメ~


と言って、どんどん来ますが、私もそれを楽しんでいて、

中心にいる事が、嬉しかったです。



結局、18人倒して、19人目で負けましたが、少し休んで、先程負けた相手を秒殺しました。



勉強なんかもう、どうでも良かったです。






私は、休みの日は、性格のいいクラスメイトに、順に電話を入れ、


「威張る奴、仕切る奴、怒る奴」


を排除した、メンバーで、ソフトボールをやりました。



この時のメンバーで、卒業旅行のような、企画もして、


電車に乗って、遠方に、遊びにも行きました。






気が付いたら、短期間のうちに、劇的に変わっていましたね。










しかし、私の小学校は、二つに別れて、中学校に進学します。



大きな小学校の中に、私の小学校が、少数混じると言う環境で、もう格付けが出来上がっている所に入りましたから、


小学校と同じ感覚で接した、私は、クラス1、嫌われました。




私と同じ小学校の、ガキ大将達は、影も形も無くなり、存在感が、ほとんど無くなりました。




学力の無かった私は、偏差値教育にも、付いて行けず、



また落ちこぼれに戻りました。






つづく
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私の経験した、成績を上げる方法(いじめられるリスクを低くする為に)

学力があれば、いじめに遭うリスクはかなり下がると、私は考えています。




私の中学校での、私の学年の人数は、約330人、

私は、中1の初めの、実力テストで、155番を2回取った後、


実力テスト、定期テスト共に、200番以内には一度も入っていません。


大体、220番~240番位でした。




最低は、1年生終わりの実力テストで、296番でした。

(この時は、数学、英語、国語の三科目でした。問題を見た時、わからない問題ばかりで、嫌な予感がしましたが、296番には、さすがに焦りました。理由は、このテストは、ある先生から、順位を廊下に貼り出すと予告されていたからです。私は、相撲部の仲間には「成績は普通位」と嘘をついていましたから、これが貼り出されたら、学校にはもはや居場所はありません。職員室に放火しようかと思う位焦っていましたが、結局貼り出されませんでした。先生のたちの悪い嘘です)




私だって、やはり公立の高校には入りたかったです。


何しろ家の目の前には、地元の公立高校がありました。
(学力的には、中の上)





私でも、テスト勉強は、それなりに一生懸命やりましたが、成績は一向に上がりません。

むしろじわじわ下がって行きました。





その理由は、勉強のやり方がわかっていなかったからだと思っています。







落ちこぼれ高校に進学して、最初のテストの成績は、


クラス50人中、18番。


落ちこぼれ高校でも、このレベルでした。

(落ちこぼれ高校ですが、クラスに数人、勉強出来る生徒はいました。「公立高校を高望みして落ちた」とか「勉強が出来たけど、スポーツを優先して推薦で入った」とかです)





しかし、勉強の進むスピードや、周りのレベルが下がった事により、一度リセット出来ました。

(中学時代は、全く訳がわからなくなっていましたが、冷静になれました)



社会科などの、暗記物は、テスト範囲が狭くなって、余裕が出来た事により、まとめ方がわかって行きました。


暗記物は、まとめ方と、暗記の仕方の要領がわかれば、五段階評価の、5が取れました。



美術は、ペーパーテストが悪くても、実習が良ければ、評定で3がもらえる事を、中3の時に知りました。

下書きが下手でしたから、トレーシングペーパーで転写して、丁寧に色付けをしました。



英語は、中学1年の途中から、わからなくなっていましたから、捨てました。

(遅れると、取り返しのつかなくなる科目の典型ですね)



数学は、割り算、掛け算、分数の計算などの、初歩の初歩をクリア出来ていれば、ある程度は何とかなります。




現代国語は、飛躍的に伸びました。







そして、高校3年の時の、実力テストで、先生から、


「1番です


と言われました。

(文系でしたから、英語と現代国語のみ。

この1番は、クラス順位です。

学年での順位を調べましたら、6番。

現代国語は、学年で1位、英語は、真ん中位でした。現代国語が突出していたようです)






学校のレベルが低いと言われれば、それまでですが、


落ちこぼれ高校でも、附属の大学を目指して、

(附属の大学に入れるのは、クラスで2人位で、10人位は、進学目指して頑張っていました)

家庭教師を雇ったり、急にガリ勉に走る生徒もいましたから、1番を取るのは、それなりに難しいです。





この、ブログの読者には、子を持つ親位の、年代の方が多いでしょうから、


まずは、子供に、勉強のやり方をしっかり教える事をおすすめします。

先生列伝

小学校二年生の時の、女の先生が、授業?で


「空を飛ぶ動物はいません

(鳥類以外)

と言ったので、私が、



「コウモリ


と言ったら、




「コウモリは、鳥だよね~

とみんなに伺いをたてて、

みんなが、


「鳥だ鳥だ

と騒ぎました。





私は、

「モモンガ、ムササビ


と言いたかったのですが、みんなの剣幕に、黙ってしまいました。




コウモリは、哺乳類です。


鳥類ではありません。








この先生、クラスで体重の重い順から、5人集めて、


「デブトリオ」

と名付けました。女子が一人入っていて、可哀想でした。



5人なのに、なぜ「トリオ」


なのか、不思議です。




遠足では、「デブトリオ」だけの記念撮影もありました。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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