国際相撲選手権(1986年)







20才の時、高校時代のライバル、楠君の応援の為、

国際相撲選手権の予選を見に行きました。


会場に着くと、周りの人達から

「出ろ出ろ

と勧められて、出場する事になりました。


エントリーもして無かったのに、割りといい加減な予選です。




そうしたら優勝してしまい、

「国際相撲選手権」

出場の為に、両国国技館に行く事になりました。



驚いた事は、試合前日にまで、大量食いの習慣があった事でした。


ちゃんこ鍋を大量食いした後に、ラーメン屋に行き、また食べました。

試合前日に食べたからと言って強くなる訳がありません。

馬鹿馬鹿しくて腹が立ちました。

ちなみに30代と40代の選手は、元力士です。

(人間性は、いい人でした)





また、何と、この相撲の試合は、この空手の試合の前日です。

http://danger1383.blog50.fc2.com/blog-entry-1142.html



この試合、全国ネットで、テレビ中継があり、楽しみにしていたのですが、


「たけし軍団」

のフライデー襲撃事件の為、番組編成が急遽変わり、

愛知県では放映されませんでした。



しかし、FMW時代に、石川県の方から、テレビ録画映像を頂きました。石川県では放映があったようです。


写真は、テレビ映像を携帯で撮影しました。


当時、相撲の練習は、全く行っていませんでしたが、


空手では、あまり役に立たなかった、ウエイトトレーニングが、

相撲では効果てきめんで、体重も力も増え、


個人戦3位に入賞出来ました。

(高校時代、全国宇佐大会で、ベスト8止まりだったのを悔やんでいましたが、その気持ちが、ようやく無くなりました)





この大会で、初めて、ブラジルの選手が、個人戦で優勝して、


後に、

「世界相撲選手権」

と名称が変わり、打倒外国勢の為に、


日本チームも、アマチュア相撲最強チームが出場するようになりました。


ちなみに、個人戦優勝者の、日経ブラジル人の、

「池森ルイス」選手


は、後に、大相撲入りして、最高位は、十両でした。





翌日の、空手の試合に出場する、関東在住の友達に、両国国技館まで来てもらい、



試合終了と同時に、愛知県に移動する慌ただしさでした。
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プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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