謎の空手道、寛水流27

私が入る前ですが、

寛水流に、ある雑誌の取材が入りました。

日本全国の空手道場を、取材してまわる企画だったらしく



記者が、取材後に、

「こんな素晴らしい空手は初めてですぴかぴか(新しい)

と言って帰ったと、会長が自慢していました。



たしかに、プロテクターも着けずに、真正面から、壮絶に、殴り合い、蹴り合う場面を見ると、

素人は、単純に凄いグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)げっそりと見ます。

(実際の試合では、最初から飛ばしたら、スタミナ切れします)





また、寛水流の狂気性を象徴する場合が、

真剣白刃取りなどの演武では、本物の真剣(日本刀)を使います。


それ故に、事故も多く、

寛水流でただ一人の三段であった、辻先生は、

日本刀での演武で、額を一度、足を一度、ざっくりと切っています。

(足の方は、結構な重症だったみたいです)



そんな狂気性に、門下生は洗脳され、記者は魅了されました。




会長の練習は、低木の木の葉や枝を蹴ったり、突いたりして、

木が枯れると、次の木に移ります。


そんな逸話も、神秘性に拍車を掛けましたが、公園などの木を枯らしてしまいますから

実際には、はた迷惑な話です。






しかし、その反面、

士導館(極真空手全日本大会2位の添野さんが、設立した流派で、あの村上竜司選手の所属団体)

の挑戦から逃げた話は、私が寛水流を辞めてから、何度か聞きました。






私が、寛水流時代、黒帯の人から、聞いた話ですが



「会長が以前に、雑誌で

極真なんて俺の二三番目の門弟で充分だ指でOK

と語り、

怒った極真との闘争になりかけて、結局仲裁が入った」

と聞きました。




この話は、真樹日佐夫氏の著書に出て来る

某流派が、寛水流と言われています。


「極真の本部道場に乗り込んで来たものの、すぐに逃走走る人



その流派とは、その後和解した」

と書かれていますが、


会長がそこにいたのかは、分かりません。会長の事ですから、門下生に行かせた可能性が高いです。

(私が会長から、
「東京駅に、幹部全員を正座させて蹴った雷」と聞いた話が、もしかしたらこれかも知れません。詳しい人に聞いてみたいです)





実際には、極真空手の最強神話も幻想でしたが、


身体能力が低く、体の小さい、寛水流の選手が、

極真の選手と喧嘩をして勝つ可能性は低いでしょうね。









まあしかし、寛水流は、武器を使います。

寛水流設立の二年前、の松林流時代、


アントニオ猪木vsウイリーウイリアムス戦の時、

寛水流(松林流)は、猪木さんのセコンドに付いています。



猪木さんとしては、何をするか分からない、極真空手のセコンドが怖かったでしょうが、


鎖鎌や日本刀を使う、寛水流のセコンドは、心強かったかも知れません。

(水谷会長は、猪木vsウイリー戦の時、ルール委員長という肩書をもらったらしいですが、本人曰く、名前だけで何もしていないそうです。

猪木vsウイリー戦の時の映像には、試合前、スーツ姿でリング上にいる水谷会長の姿が映っています)
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ガチ相撲

TBSでの番組

その名も「ガチ相撲」

八百長がバレた相撲界を皮肉った企画でしたが、


意外に面白かったです。


こんなエンターテイメント的な、相撲があってもいいかも知れません。

(しかし真剣勝負)



ボビーオロゴン、セームシュルト、中西選手

強かったですね。




チャックウィルソン、勇み足で負けましたが、

藤原組長に勝ったVTRが、ありました。

藤原組長は、プロレスラーの、元力士と五番勝負をして、五番とも勝ったらしいのですが…

(出世していない人です)



さすがに、元横綱、曙は強かったです。


出てみたいですが、仕事に忙殺されていて、トレーニングをしていない

今出たら、ボロボロでしょうね。




シュルトが、元力士に勝ったのには、驚きました。


やはり、現役で体を動かしていないとダメですね。

謎の空手道、寛水流28 拳ダコ(1985年)

寛水流に限らず、昔の空手は拳を鍛えました。


マキワラという道具

(木の板や柱などに、ワラを巻き付け殴って拳を鍛えます)


先生から

「30発位殴ると調子が出てくる」

と聞いて、最初は、意味が分かりませんでしたが、



実際にやってみて、分かりました。

殴っているうちに、拳の感覚が麻痺して、痛く感じなくなって来ます。

拳の皮膚が破れて血が出て来ても痛く無いのです。
(ここまでやると、傷が治るまではもう出来ません)



しかし、私は拳ダコが出来ません。

出来ませんでしたから、マッチで焼いて、タコを作った事があります。





水谷会長の拳は、凄い拳でした。

私は会長から、バカにされましたが、

今にして思えば、これは体質です。



プロレスで流血戦ばかりやっていると、額がギザギザになりますが、

私は、ギザギザになりません。傷がほとんど消えてしまうのです。



プロレスのデスマッチファイターの額や体を見れば、個人差があるのは、一目瞭然です。

(ペンダコってありましたよね。あれも出来る人と出来ない人がいました。

私は出来ませんでした。単に勉強をしなかったと言われそうですが、他人の宿題や答を写すのも、それはそれで、大変なのです)



しかし、今、拳を鍛える人はいないでしょうね。


芦原会館

(極真空手で喧嘩十段と言われた伝説の人が立ち上げた流派)

館長が、

「人間の手は柔らかい、硬い物を殴れば痛める」
(私も、私の周りの人も、実際に拳を痛めて、治るのに半年から一年位掛かった経験があります)

と言い始めてから、拳を鍛える人は減っていきました。




冷静に考えれば、人間の骨が、石のように硬くなる事はあり得ず、


拳を鍛えても、拳の皮が厚くなる程度ですね。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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