ステーキ屋で働く2(1996年)

ステーキ屋で働き始めてから


最初は、朝仕込みを手伝いながら、営業時間は裏で洗い物をしていました。


当時は、プロレスもかなり人気のあった時代でしたから、


今とは比べ物にならない位、街で声を掛けられました。


お客さんの見える所で仕事をするのは、かなり抵抗がありましたから、隠れるように


洗い物をしていましたが、
人手が足りない日などは、
ホール

(注文を取ったりテーブルを拭いたりするポジション)

に出ない訳にはいかなくなって来て、


髪の毛を黒に戻して、髭も
剃り帽子を被っていました。



それでも気付く人は時々いましたし、


「松永に似ている」


と言われたりしました。


穴があったら入りたい位、嫌でしたね。




この話は、まだFMWに所属していた頃の話です。


川崎球場の試合の為に、また髭をのばし始めます。
スポンサーサイト

山本ヤマモ雅俊さんのバースデイトークライブにゲスト出演決定

山本ヤマモ雅俊、バースデイイベントに20年来の友人ミスターデンジャー松永光弘が来場

新旧プロレス雑談・放談LIVEトークを行います


ヤマモバースデイ・トークパーティーwithミスターデンジャー

ホスト・山本ヤマモ雅俊
ゲスト・松永光弘

2月14日(日)12時半開始
会場・ぱっぷるスタジオ  
東京都新宿区内藤町1-7ホヲトクビル1F 
(新宿御苑前2番出口或いは四ツ谷三丁目1番出口、いずれも徒歩8分・スタジオは外苑西通りに面しています)  
チケット料金 
前売り1800円
当日2000円

飲食場内持込自由(ゴミは各自、お持ち帰り下さい)

メールで予約できます  miyabitti2002@livedoor.com(お名前・枚数・携帯番号を明記の事)

お問い合わせ 090-7835-6885 VERY SMART


引退試合翌々日の斎藤からの電話

引退試合の翌々日に、

斎藤彰俊から電話がありました。


引退試合で勝ってしまった事や内容を気遣う、斎藤でしたが、


全く気にしていない旨を伝えました。


「ちょっと代わるね」


との言葉の後に電話に出たのは、

斎藤の奥さん。

学生時代は、よく3人で遊びました。



mixiの内容を伝えて、その日は、

ウルトラマンロビンの話を

斎藤の携帯に転送する事に追われました。





斎藤の奥さんが

「松永君、宅急便、宅急便わーい(嬉しい顔)!!」


「わかってるよ。ちゃんとそれも書くよ」





最近、ステーキ屋で真面目に働いていた話を書いていますが、

昔から真面目に働いていた訳ではありません。


プロレス界に入る前(入ってからも、パイオニア戦士位まで)


年末になると、ある大手
宅急便の会社から、お歳暮の配達の仕事が、来ました。


その頃、配達に行って不在だと、再度来るのが面倒くさいので、


玄関に、配達物をポンと置いて来て、サインは自分で書いていました。



田舎だからなのか、何年もバレずに過ぎましたが、


ある日、クレームが入り、不正が発覚。


会社から厳しく注意を受けました。


しかし、荷物に貼ってある伝票を見て、

「問い合わせ先の電話番号」

が書いてあるのを発見。



「成る程、これがあるからクレームが入るのか!!


どこの宅急便の会社から配達されたのかわからなくすれば、

クレームは入らないだろう」


と考え、「問い合わせ先」

の部分だけ破って、また不正を続けました。


以後、クレームは入りませんでした。




当時、この話を、斎藤と
斎藤の奥さんにしたら、


2人とも爆笑しているだけでした。


「悪い事だから止めなさい」

と言ってくれれば良かったのに…




若い頃は、こんなもんでした。


真面目に働き始めたのは、
人生経験を積んでからです。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

リンク


「MUSIC」Tシャツ販売中 (立花本店でも販売しております)
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
管理