FMW水上機雷爆破こぼれ話

水上機雷爆破を見ていて、

正直な感想を言いますと、

「水の中だから熱い訳がない」

と思いました。






私のセミの試合が終わった後に、


浅子さんに会いました。

「全くら~くな試合ー」

と言っていました。


大矢さんが裏切って後藤さんを三人で痛めつけて、大仁田さんが救出するだけの試合です。


浅子さんは、羨ましかったみたいですが、ウイング同盟初登場にしては、

かなり虚しい試合でした。





会場には、ポーゴさんの

知り合いが来ていて、ポーゴさんが話をしていました。


「俺、視力落ちちゃってさー、

新聞を見ても見えないんだよ。

こうやって離すと見えるんだよ」



「そりゃ、老眼だよ」

と言われていました。
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FMWヒールバスへ

ベビーバスは移動がハードです。


工藤めぐみ選手が

「私もヒールバス行きたいー」

と言っていました。



「それは絶対無理だよ。

俺明日からヒールバスなんだ」

「ずるーい」



でも実は、行きたくはありませんでした。

その理由を説明しました。


「御大と一緒に飯食いに行くと

酒と薬を一緒に飲まされるんだよげっそり

一度飲んでフラフラになって懲りた…


薬を口に入れて、口を開けて、ちゃんと入れたかどうか、チェックがあるんだけど、

酒で流し込んだフリをして、前歯の裏に隠すんだ。

そしてちゃんと飲んだか、口を開けてチェックされるんだけど、

前歯の裏にくっ付けておいて、

ごまかして、隙を見て捨てるんだけどね」




ヒールバスへの移動の初日、

少し緊張しましたが、食事に誘われずに、安心しました。



気前良くご馳走してもらえるのは、いいのですが、

完全に腹一杯なのに更に無理矢理食べさせられるのは大変な苦痛でした。




話し変わりますが、FMWの不思議な点が一つ、

伊藤レフリーにお金を渡されました。

「これ選手会の脱会費です」

(ベビー時代に毎月払っていた選手会費を全額返されたのです。)


「えっ、ヒールになったら選手会脱会なの?

冷たいですねー」


さっぱり訳解らなかったです。

FMW後期 非道参戦

ウイングから、新格闘プロレスに移籍して、


相変わらずの冷や飯を食っていた非道選手にチャンスが来ました。


新格闘プロレスの事務所は、私の自宅から100メートル位の所にありました。


ウイングの営業だった遠藤君が、参加していましたから

オフには必ず遊びに行っていました。



大仁田さんから、「新格闘プロレスに出入りしているの?」

と 聞かれました。

「出入りしていますけど、新格闘に行く訳ないじゃないですか」と答えたら


「わかってるけど、出入りしてると、移籍すると思う奴がいるんだよ」

と笑っていました。



非道選手とは、ジムが同じで、事務所も近いため、しょっちゅう会っていました。



大仁田さんから「非道を入れようと思うんだけど」

と相談されて、

「お願いします」と答えました。

ギャラの相談をされて、指を二本見せられたので、

「はい、充分だと思います。」

と答えたら、実際はそこから更に下がりました。


「その金額が妥当だと思います」

と答えなければいけませんでした。

非道選手のギャラが低くなったのは、私のせいです。

しかし大仁田さんに相談された訳ですし、こういう場合は、

後輩の味方をしたらいいのか、会社の味方をしたらいいのかは、難しいです。


しかしながら、非道選手にチャンスが巡って来た事はたしかでした。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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