FMW創成期(1990年)

格闘技トーナメントが終わって、その夜、館長に電話をしました。


館長も黒幕氏と一緒に東京にいました。


「館長、自分FMWに残ります」

「おいお前、もう剛と話してしまったぞ(二人揃っての移籍)」


館長には、大仁田さんと後藤さんが好きだから残るとは言えずに

(それを言うと、館長に対する絆より、大仁田さんとの絆の方が上と思われてしまいます)


「大仁田さんに酷い目に合わされたから、仕返しするために残る」と嘘を言ったような記憶もあります。


しかし黒幕氏と館長に代わる代わる電話で説得されます。

そして最後に「わかりました。もういいですよ」


黒幕氏が館長に伝えます。

「館長ー、まっちゃんがもういいってさー」


「ああ遂に大仁田さんを裏切ってしまった…」


一番嫌だったのは、大仁田さんや後藤さんに

「松永はやはり裏表のある奴だ!〇田の方が信用出来る」

と思われるのが一番嫌でしたね。




翌日、館長達と合流しました。

黒幕氏は、〇田の事を
「言わざるを得えなくなっただけじゃないの?」

と、最初は擁護していましたが、黒幕氏が言っていた悪口が事細かに伝わっていた事実を伝えたら、


その場で〇田の自宅に電話しました。

そうしたら〇田は不在でしたが、お姉さんが電話に出て、

「良からぬ話を聞いたので、ユニバーサルの話はなかった事にして下さい」と伝言を伝えました。


そして愛知に帰った頃に、〇田から電話が来ました。
「ままま松永さ~ん、僕も時々電話しますから、松永さんも電話下さい~」

と言ったか言わないかで、私が電話を、ブチンと切りました。

(何故か怒鳴る気にもならず、既に新天地に対しての希望に燃えていたのかも知れません)


FMWもユニバーサルも両方共、ダメになった焦りからの電話だと思っていましたが、その後、〇田はFMWに出たようでした。


詳しいいきさつは不明です。

しかし、この話の続編は、少しあります。


それはまた後程書きます。

このFMW創成期を読まれた後に、改めて、12月22日辺りからの、パイオニア戦志を読まれると、更に重みがあると思います。


この時、FMWを辞めた後悔は、ウイングでバルコニーダイブによってブレイクするまで続きますが、


結果的には満足しています。

やはりウイングは、自分自身のレスラー人生で最高の物でしたから…




しかし自分で言うのも何ですが、このFMW創成期編

傑作だと思います。ウイングの後に書いたのは、逆に正解だったかも知れません。

陰で笑っている人達も、思い切り笑っていいと思います。


とても実話とは思えない位に見事な落ちですよ。
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FMW創成期こぼれ話(1990)

書き込みにありましたが、

FMWでのテコンドー選手の足技はたしかにインパクト充分でしたね。


空手とは競技性が違いますから、また別物ですが
(テコンドーには、ローキック、膝蹴りがありません。パンチもほとんどありません)

ただやはりテコンドー選手はベビー向きですよね。
(リーガクスーは、ブルースリーを思わせますし)


空手は、プロレス界において、常にヒールでした。


猪木さんの異種格闘技戦の歴史

特に、猪木さんと、ウイリーウイリアムスの試合以降は、ヒール色が強かったと思います。


空手は日本の格闘技ですから、セコンドのエキサイトぶりも凄いですし


柔道のような紳士的なイメージもありません。


喧嘩にまつわるエピソードが多いのも特徴ですね。


それ故に、FMWでの、

プロレス対空手


そして有刺鉄線デスマッチが盛り上がったのではないでしょうか。



話変わりますが、私がデスマッチの元祖のように言われる事があります。


しかし元祖は紛れもなく、大仁田さんです。


ですが、私が

「俺は日本で初めて有刺鉄線デスマッチをやったんだ」

と言っても決して嘘ではないところは面白いですね。

後期FMWを書く前に、中学時代、谷津さん?

今日は、少しくだらない話題です。


三宅選手のブログに出て来た話です。すっかり忘れていました。

忘れないうちに書いておきます。

中学時代、谷津さんが、最強の日本アマレス重量級選手の看板を引っ提げて、


新日本プロレス入りしました。


同級生が「たにつ」と言っていたので

「やつ」だよ。と教えましたが、「たにつ」と言い張ります。

賭けをする事になりました。

最初は、ジュース1本でしたが、こちらは自信ありますから「10万でも100万でも懸けてやる」と言いました。

プロレスに詳しそうな、同級生を訪ね歩きました。


ところが、みんな「たにつ」と言います。


その同級生が「勝った勝った」とはしゃぎ出しました。

頭に来て、「やつだ~やつだ~やつだ~やつだ~」

と言いながらボコボコに殴ってしまいました(顔は殴っていません)。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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