ゼロワン回顧録21(2007年)

新木場ファーストリングでの、畳針デスマッチ


本当は、後楽園ホールで、やりたかったのですが、


ゼロワン後楽園ホールは、当時固定ファンで、七割程度の集客がありましたから、


それ以外の場所で、収益を出さなければいけません。

(新生FMWの時と似ていますね。後楽園ホールは、ハヤブサ選手で集客。もう1ヶ所、首都圏で興行を行い、そこは、私がデスマッチにて集客)





畳針デスマッチは、何せアイテムがアイテムでしたから、

ちょっと、アイテムに近付くだけで、

観客が大きく、反応する、昔ながらのデスマッチの雰囲気でした。、


何より、畳針をリアルに間近で見ている


ゼロワンのスタッフや、選手が、かなり焦っていましたね。






集客は、溢れ返る位を期待したのですが、

若干の立ち見が出た程度でした。



チケット料金が、いつもより、高めだったりはしましたが

(普段のゼロワン新木場は、3500円。今回は、5000円)



集客能力は、人気の、バロメーターです。


自分自身の、限界が見えて来ました。

(葛西純興行の方が、はるかに入っていました)



畳針デスマッチによる、怪我は、大事には至りませんでした。
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ゼロワン回顧録20(2007年)

新木場ファーストリングでの、畳針デスマッチのデモンストレーションを


後楽園ホールで行いました。



畳針ボードを持った私が、控え室通路で、関本大介選手と会いました。



私は、

「君らが、過激な事ばかりやるから、遂に俺が、ここまでやらなくてはいけなくなっちゃったよ



「僕はやってませんよ」



「俺も、やる時はやらないと、口だけだと思われても…



「そんな事思ってません



「でも、これ(畳針ボード)冗談抜きで、やばいよな」


と畳針ボードを見せると、引いていました










リング上での、デモンストレーション


最初は、ゼロワンスタッフに任せていました。


会場内から、デモンストレーションへの参加者を募り、


観客の代表に、畳針ボード目掛けて、グレープフルーツを投げてもらう企画のようでした。



そのファンは、畳針ボード目掛けて、思い切り、グレープフルーツを投げました。



グレープフルーツは、針には当たらず、畳針ボードの隅に当り、畳針ボードの隅が、割れました。


場内から、ブーイング



そして、リング上に置いた、畳針ボードに、鳥のむね肉を落としました。


ペチャッと、針の上に乗りました。





私は、見ていられなくなり、


出て行きました。






畳針ボードに、グレープフルーツを二個落とし、


串刺しになった、グレープフルーツを両手で掴み、



グレープフルーツを、持ち上げると、畳針ボードも、一緒に宙に浮きました。





場内から、

「オ~~~ッ


と驚きの声が上がり、何とか上手く、締めました。

五寸釘デスマッチこぼれ話

ゼロワンで、畳針デスマッチを行った時、


当初の企画段階では、




「五寸釘デスマッチをやりましょう」


との言う意見もありました。







この時、


http://danger1383.blog50.fc2.com/blog-entry-669.html


荒井社長から、

「今回、五寸釘が、5万本みたいですよ」


と聞きました。




私は、あまり、ピンと来ませんでした。


ウイング時代は、たしか、

1万本?か、2万本?


位だったような、記憶がありました。

(不確かな記憶です。当時のビデオテープになら、載っているかも知れません)


ウイング時代、五寸釘が、5センチ間隔で、打ってありましたが、FMWでは、3センチ間隔です。


とは言え、


「業者が大袈裟に言っているんだろう」


と思っていました。







しかし、ゼロワンでの企画段階で、私は、計算しました。



五寸釘ボードが、20枚、

(コンパネと言われる板、
180センチ位だったと思います)


3センチ間隔。




そして計算しましたら、


ほぼ、ピッタリ、5万本でした









結局、ゼロワンでは、私が、



「今時、五寸釘デスマッチで、チケット売れますかね?」


と言って、


「??…


となり、畳針デスマッチに、変更しました。

ゼロワン回顧録19(2007年)

ゼロワンの話も、大阪での、


テロリストvsミスターデンジャー(村上vs松永)


が、ピークになり、



三年目は、上手く歯車が回らなくなり、


事実上の引退試合


『最後のデスマッチ』


に向かいます。




途中、大谷選手との


「畳針デスマッチ」


もありました。


「デスマッチもついにここまで来たのか

と思える代物で、


正真正銘、タネも仕掛けも、小細工も無い、

畳を縫う針を使い、針山を作りました。





畳針の針山を作る時、私は、


江戸川区に、

「畳針製作所」と言う所を見付け、訪ねました。


値段は、一本800円


高過ぎて、話になりません





それから、ドイトと言う、工具屋と、ホームセンターを合わせたような、所に行き、


ついに見付けました。



二本組で、320円程です。


与えられた、15万円の予算で、900本買いました。

(900本揃えてもらうのに、かなり苦労しました)






ゼロワンは、デスマッチ団体ではありませんから、


デスマッチアイテムの製作には、慣れていませんし、


針山は、自分で作らないと、試合当日に見て、


「うわーっ

と言う事になり兼ねません。





店に、半畳分の畳を買って来て、


ホテルマンや、A君らと、


硬い空き缶を使って、畳に針を刺して行きました。



しかし、針は、

「900本で、たったこれだけ

と思える位に、密度が無く、




私は、自腹で、300本程、買い足しました。

(死ぬのと、5万円自腹で払うのと、どちらがいいのか、考えれば、こうなります)















この話、先日の来客との話に、繋がって行きます。


そして、自分の経験した、レスラーの引退と、




また、大仁田さんか引退した時、

(1995年、川崎球場での、ハヤブサ戦)



私が感じた事を、一切包み隠さず、書きたいと思います。

ゼロワン18、テロ・デンジャー対決回顧録(2006年)

私のプロレス人生での、ベストバウトは、


やはり、1992年WINGでの、スクランブルバンクハウスデスマッチ

、ミスターポーゴ戦です。




そして対、村上和成戦は、


下半期、ベストバウトと言った所でしょうか





「裸足画鋲デスマッチでは?」

とよく言われますが、


テロ・デンジャー対決の、写真の迫力を見て頂ければ、




裸足画鋲より、上に順位付けする気持ちがお分かり頂けたと思います。











話変わりますが、

これは、ある人との試合後の会話です


「みんな悔しいだろうね。前回の大阪は、佐々木義人だったから、まあ義人は、ゼロワンの選手だし、素直に喜べただろうけど、

今回は、二人共、よそ者だからね。


誰一人、試合の話題には触れないな


だけど、あのハイスパートのプロレスの動きを、どれだけ追求しても、俺達には勝てない






私は、ある控え室の中で、


メジャー出身のレスラーが、



「怖~えぇ~


とつぶやくのを、偶然聞きました。



それで充分ですね。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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