読書「いじめの構造」「教室の悪魔」

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写真1が、以前紹介した、

「いじめの構造」

に書かれた、いじめ対策を紹介します。


・校内犯罪には、即刻出席停止、警察官による逮捕、家庭裁判所による裁判、少年院送致、強制転校


(個人的にも、かなり効果のある方法だと思います)







写真2の

「教室の悪魔」

は、まだ読んでいる途中です。


大人が読んでも、読むに耐えないような、いじめの実例が書かれています。



少し、時間を掛けて読んでみたいと思います。
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私の経験した、成績を上げる方法(いじめられるリスクを低くする為に)

学力があれば、いじめに遭うリスクはかなり下がると、私は考えています。




私の中学校での、私の学年の人数は、約330人、

私は、中1の初めの、実力テストで、155番を2回取った後、


実力テスト、定期テスト共に、200番以内には一度も入っていません。


大体、220番~240番位でした。




最低は、1年生終わりの実力テストで、296番でした。

(この時は、数学、英語、国語の三科目でした。問題を見た時、わからない問題ばかりで、嫌な予感がしましたが、296番には、さすがに焦りました。理由は、このテストは、ある先生から、順位を廊下に貼り出すと予告されていたからです。私は、相撲部の仲間には「成績は普通位」と嘘をついていましたから、これが貼り出されたら、学校にはもはや居場所はありません。職員室に放火しようかと思う位焦っていましたが、結局貼り出されませんでした。先生のたちの悪い嘘です)




私だって、やはり公立の高校には入りたかったです。


何しろ家の目の前には、地元の公立高校がありました。
(学力的には、中の上)





私でも、テスト勉強は、それなりに一生懸命やりましたが、成績は一向に上がりません。

むしろじわじわ下がって行きました。





その理由は、勉強のやり方がわかっていなかったからだと思っています。







落ちこぼれ高校に進学して、最初のテストの成績は、


クラス50人中、18番。


落ちこぼれ高校でも、このレベルでした。

(落ちこぼれ高校ですが、クラスに数人、勉強出来る生徒はいました。「公立高校を高望みして落ちた」とか「勉強が出来たけど、スポーツを優先して推薦で入った」とかです)





しかし、勉強の進むスピードや、周りのレベルが下がった事により、一度リセット出来ました。

(中学時代は、全く訳がわからなくなっていましたが、冷静になれました)



社会科などの、暗記物は、テスト範囲が狭くなって、余裕が出来た事により、まとめ方がわかって行きました。


暗記物は、まとめ方と、暗記の仕方の要領がわかれば、五段階評価の、5が取れました。



美術は、ペーパーテストが悪くても、実習が良ければ、評定で3がもらえる事を、中3の時に知りました。

下書きが下手でしたから、トレーシングペーパーで転写して、丁寧に色付けをしました。



英語は、中学1年の途中から、わからなくなっていましたから、捨てました。

(遅れると、取り返しのつかなくなる科目の典型ですね)



数学は、割り算、掛け算、分数の計算などの、初歩の初歩をクリア出来ていれば、ある程度は何とかなります。




現代国語は、飛躍的に伸びました。







そして、高校3年の時の、実力テストで、先生から、


「1番です


と言われました。

(文系でしたから、英語と現代国語のみ。

この1番は、クラス順位です。

学年での順位を調べましたら、6番。

現代国語は、学年で1位、英語は、真ん中位でした。現代国語が突出していたようです)






学校のレベルが低いと言われれば、それまでですが、


落ちこぼれ高校でも、附属の大学を目指して、

(附属の大学に入れるのは、クラスで2人位で、10人位は、進学目指して頑張っていました)

家庭教師を雇ったり、急にガリ勉に走る生徒もいましたから、1番を取るのは、それなりに難しいです。





この、ブログの読者には、子を持つ親位の、年代の方が多いでしょうから、


まずは、子供に、勉強のやり方をしっかり教える事をおすすめします。

いじめの話と少年時代

気が弱かったのですが、喧嘩の強さを見せる事によって、


クラスメイトの対応が変わって来ました。


6年生に進級して、

(クラス替えが無く、担任の先生も同じでした)




私は、成長期を早く迎え、身長が学年で一番になりました。





ガキ大将も、喧嘩では、クラスで、ベスト3に入る実力者でしたが、

(身長は、クラスで二番目で、短距離走や、走り高跳びでクラス1でした。

しかし、私との体格差は、大差)






私は、成長期を早く迎え、身長は、学年で一番になりました。

(この年代は、女子の方が身長が高いですが、私は、女子より高かったです)




ガキ大将と喧嘩したとても、負ける気は全くしなくなりました。




結局、クラスメイトは、敵にまわしたくない方に、全体がなびいて来ます。

(調子のいい話です)


少し前まで、嫌だった奴らは、全員

(いい奴)

になりました。





ガキ大将としても、真っ向からの喧嘩は、リスクが高過ぎ、協調路線に来ました。



私は、ガキ大将と、別のいじめ常習者と同じ班に入り、


すっかり仲良しになり、慕われました。





運動会の、学級対抗リレーの4人のメンバーにも選ばれ、運動能力でも、ガキ大将に肉薄しました。



クラスでの、ステイタスのランクは、トップクラスになりました。






体育の相撲の授業では、


「誰が、松永を倒すかの

と言う授業内容で、一人づつ、砂場に、投げて行きました。


疲れて来て、休もうとすると、クラスメイトが、


「休んじゃダメ~


と言って、どんどん来ますが、私もそれを楽しんでいて、

中心にいる事が、嬉しかったです。



結局、18人倒して、19人目で負けましたが、少し休んで、先程負けた相手を秒殺しました。



勉強なんかもう、どうでも良かったです。






私は、休みの日は、性格のいいクラスメイトに、順に電話を入れ、


「威張る奴、仕切る奴、怒る奴」


を排除した、メンバーで、ソフトボールをやりました。



この時のメンバーで、卒業旅行のような、企画もして、


電車に乗って、遠方に、遊びにも行きました。






気が付いたら、短期間のうちに、劇的に変わっていましたね。










しかし、私の小学校は、二つに別れて、中学校に進学します。



大きな小学校の中に、私の小学校が、少数混じると言う環境で、もう格付けが出来上がっている所に入りましたから、


小学校と同じ感覚で接した、私は、クラス1、嫌われました。




私と同じ小学校の、ガキ大将達は、影も形も無くなり、存在感が、ほとんど無くなりました。




学力の無かった私は、偏差値教育にも、付いて行けず、



また落ちこぼれに戻りました。






つづく

いじめの話と少年時代

小学校5年の時、

先生が、ホームルームの時に、

「先生は、ちゃんと見ている

と言って、いじめを受けている生徒の名前を3人あげました。



そして私は、その3人の中に入っていました。




「いじめの構造」

に、「クラスはグループに別れて行動するので、

グループ内のいじめになるが、抜けようとしても、他のグループが受け入れてくれない」

と書かれています。




私は、遠足などの時の、グループ作りの時、


「どこにも入れないかも

という不安をいつも抱えていました。


結局、どこか人数の足りない所に入るのですが、嫌な顔をされました。









しかし、少しずつ逆転していきます。


運動能力もあり、喧嘩もそこそこ強い、ガキ大将が二人で行動していましたが、

一人が転校してしまいました。


片割れがいなくなっても、相変わらず威張ってはいましたが、



二人だと、どうにもならなくても、一人なら何とかしようがありました。


そのガキ大将に、突き飛ばされましたが、対等に突き返しました。


当時、気が弱かった私は、内心びびっていましたが、何とか最後まで、対等に渡り合いました。










そんな頃、

一昨日の日記に出て来た、k君と喧嘩になりました。

k君は「狂犬」と言われていました。

(すぐに「ガブリ」と噛み付くからです)



しかし、k君は、不潔な事件を起こして、クラス内のランクを下げてしまっていましたから、


私としても、やりやすい相手でした。




私の左腕に、爪を立ててつかんで来ましたが、


私は、右腕で、背中目掛けて、パンチを、5~6発振り下ろすと、あえなくノックアウト



倒れたまま、泣き声とうめき声だけが、聞こえる中を、クラスメイトが、囲んで見ていました。



みんなは、私を称賛していて、k君を馬鹿にしたりして、表向きには、全員、私の味方をしました。






これは、今考えると、


「この腕力が、もし自分に対して向けられたら


との危機感を、みんなが持ち、


「松永の味方をした方が得策」


と感じたからだと思います。




元々、気が弱かっただけで、相撲や、腕相撲では、圧倒的に強かったので、


みんなを怖がらせるだけの下地を持っていました。




普通の場合、ガキ大将と相撲を取る時は、みんなが花を持たせて、わざと負けるのですが、


私は、相撲にだけは、プライドがあり、ガキ大将相手でも容赦なく、秒殺していました。









勉強面は、相変わらずダメでしたが、


国語の教科書の音読が、うまいという特技が知れ渡り、驚かれ


クラス代表で読まされたりして、クラス内ステイタスは上がっていきました。


(中学1年の時、クラス内で、どこまで間違えずに、国語のを読めるかの競争が、授業でありました。

並みいる秀才を押さえて、ダントツの1位でした)





学力は、クラスで下から、5人の落ちこぼれに入っていましたが、


担任の先生は、私の理解力を見抜き、


「お前は、勉強をやれば出来る


といつも発破を掛けてくれるようになりました。


(結局、勉強はしませんでしたから、ずっと落ちこぼれでした。

一度遅れてしまった勉強を取り戻すには、下の学年の勉強からやり直さなければならないので、そんな根性はありませんでした。

家庭教師でも雇えば、取り戻せたかも知れませんが、借金だらけの貧乏家庭でしたから無理でした)

いじめの話

☆いじめられる要因でいじめられる側に罪の無い物


・身長が低いなど、痩せているなどの身体的理由

(太っている場合「痩せろ」と言われる事が多いですが、ほとんどの場合体質ですし、食べ盛りの小学生に、ダイエットをしろと言う方が無理)



・運動能力が低い

(ほぼ先天的な物なので、全く罪は無い)


・ルックスが悪い

(先天的な物なので、勿論罪は無い)



・トイレで大便をした。
失禁したなどの生理現象

(いじめ原因になる事が多いですが、勿論全く罪はありません。)


・給食を食べた後、嘔吐した。

(これもいじめの原因になる事が多いですが、単に体調不良であり、勿論罪はありません)





・ 学力が低い

(先天的な物と言ってしまう事に反論もあるでしょうが、運動能力や、体の大きさが、先天的な物であるのに、学力に先天的な差が無い訳がありません)







「いじめの構造」

には書いてありませんでしたが、



私が見て来た中で、学力の高い人が、常習的ないじめを受けているのを、ほとんど見た事がありません。

(中学校では、ほぼ皆無

極端に学力の高い人は、「ガリ勉」と言われたりしますが、それ程のいじめではありません。からかわれる程度です)


また、学力の高い人で非行に走る人も、ほとんど見ていません。


学力は、クラス内ステイタスを上げる、最大の武器になると個人的には思います。






「いじめの構造」

によりますと、

「愛知県は、日本一の進学実績を誇る素晴らしい県ですが、教職員組合などからは、最も厳しい管理教育を行っている悪名高い県と言われている」

と書かれています。




私は、その愛知県出身です。


はっきり言いますが、中学校で、学力が低ければ、三年間、グズ人間扱いされて、晒し者にされます。






7年前の、中学校の同窓会で、先生が一人一人が、挨拶をしましたが、


その中の、一人の先生が、

「君達の年は、偏差値がでした

と、県内有数だったと、スピーチ⌒(ё)⌒



40歳に、なった我々に、まだ、偏差値の話をするのかと呆れました(--;)

(成績に関係なく、勝ち組負け組が、出て来ている年齢なのに…)












個人的な、話になりますが、


私は、3月24日の、早生まれです。


誕生日が遅い時点で、他の子供より遅れていて、


学校と家と近所で、

「バカだ、アホだ」

と罵倒され続けました。



自分でも、自分の事を、バカだと思っていて、


「僕を特殊学級に入れようとはしなかったの?」


と父親に聞いた事もありました。




勉強は、全くしなくなり、

コンプレックスの塊になっていましたが、



成人に近付く頃に、少しずつ自己分析が出来るようになりました







実際の潜在的な学力は、おそらく、中の上位だっと思いますが、



落ちこぼれ組みに入る、経験が出来て良かったと思っています。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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