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極真vs正道、総括

正道会館が、極真ウエイト制全日本に

初参戦で、角田さんが四位。



しかし、それから更に二年間参戦したものの、正道会館は、一部の選手が善戦するものの、

正道の技術で倒すには至りませんでした。





石井館長が正道の選手に

「太ももを蹴るから効かんのや」

と言って、膝の少し上辺りを上からかぶせるように、ローキックを蹴るように指示してしましたが、




私は

「極真の選手は、よく動くし、小さいポイントを続けて蹴るのは難しい」

と思い、正道のテクニックの行き詰まりを感じました。





私は空手時代に、極真空手の世界大会をテレビで見ていて、

「極真の方が強い」

というのは、薄々分かっていましたが、


他流派で生きて来た人間として、また正道会館に負け続けた者として、

「極真を認めたく無い」

との、悪い頑固さと、小さい心で目をそらして来ました。


実際、当時は、正道会館が負けた言い訳ばかり探していたように思います。






しかし当時、早々に、極真空手を認めて、


極真の技術を研究して取り入れていれば、私の空手人生は大きく変わったでしょう。




つまらない意地が災いして、二流で終わってしまった空手人生を今後の人生への糧にしたいものです。







正道会館の倒す技術は、画期的でしたし、


極真の選手に、KO負けしない事実を見ても、正道会館の強さも決して、偽物ではありません。




角田さんが四位に入ってから、極真の選手も

正道会館、石井館長の著書

「勝つ為の空手」

を読むようになったと聞いた事があります。





正道会館の功績は、大きかったものの、

正道会館は、他流派が弱かった為に、進化が途中で止まり、

「無尽蔵の体力とスタミナ」

を付ける作業を怠ったのかも知れません。


また、正道会館同士の対戦では、

お互いが、隙を狙う試合になり、それでスタミナも温存出来ますから、進化しなかったように思えます。



そして結果的に、極端に手数の少ない試合になりましたが、


やはり、あそこまで組み手が小さくなってしまうと、
圧倒的な体力を誇る、極真勢には通じなくなると言わざる負えません。





佐竹選手が出ていたとしても、あのパンチ中心の攻撃や、切れの無い動きでは、


極真トップ勢に勝つ可能性は、薄いと思えます。


角田さんが四位になり、極真の歴史を変えたものの、


ウエイト制には、本当の極真のトップ選手が出ていないですし、極真強しに変わりはないでしょう。







私見ですが、極真の数見選手と、正道の佐竹選手を比較したら、段違いで、数見選手の方が上に見えました。








他流派の選手で、私から見て

「逆立ちしても勝てない

と思えた選手は、白蓮会館の

「南豪宏」です。


スタミナ、打たれ強さ、手数が揃っていましたから、どうにもならないと思いました。

のちに、極真ウエイト制準優勝

極真全日本大会、6位もうなずけます。







極真以外の、「他流派」とは、実に小さな集まりであり、


私の見た限り、極真の試合に出て恥ずかしくない試合が出来る選手は、

正道会館に、10人位。

その他で、5~6人程度。


勿論、私は入っていません。




他流派で強かった選手は、極真のような荒稽古を積んだ人達では無く、


突然変異のような天才タイプだったように思います。
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正道会館、角田さん4位に、歴史的な試合

他流派から、初のベスト4に、


極真の選手が、正道の試合に合わせてしまっているようにも見え、それが敗因にも見えます。




以前の日記で、

「スピードは、後天的な努力では、克服が難しい」

と書きましたが、正道会館重量級で、ず抜けたスピードを持っているのは、角田さんだけです。

(正道会館の重量級選手は、意外にも、スピードに恵まれていません。強さは、正道の技術と練習の賜物なのかも知れません)


角田さんは、他流派に強い事で有名ですが、正道会館の選手には、あっさり負けてしまう事が、よくありました。



しかし、極真の歴史を変えました。


YouTube、角田さんvs井口選手です。

携帯URL
http://m.youtube.com/watch?gl=HK&hl=ja&client=mv-google&v=pA0sqwvuBMs




角田さんが、やってくれて、我々のフラストレーションが一気に晴れました。

極真vs正道3、無駄では無かった極真空手の胸へのパンチ

正道会館が参戦した、極真ウエイト制全日本大会。


私から見た、正道会館が引き分けの試合を、判定負けにされた試合。


田前選手、後川選手、玉城さん



私は、正道会館の応援をしながら、極真の汚ない判定に野次を飛ばしていました。



期待した、田上選手は、やや押されぎみ。


梶山選手が、判定勝ちして、極真ファンから

「やっと一人

と失笑が漏れました。








ただ現実として、

「倒す空手」

の正道会館が、極真の選手を、KOした試合が無い現実に、戸惑いました。



引き分けを→負け

にされた試合は、あっても、完全に勝っていた試合もありません。







重量級に入り、ようやく、

柳沢選手と角田さんが、快勝しました。


三回戦で、梶山選手が消えました。


柳沢選手は、少し押し気味でしたが、判定は引き分け?
体重判定で勝利。


角田さん、快勝。





柳沢選手、準々決勝で判定負け。


☆この試合と、翌年の柳沢選手の試合を見て分かった事です。


「一見無駄に見えた、極真の胸へのパンチは、相手を後ろへ下がらせる効果がありました。

パンチと膝で、みぞおちを中心に狙う、柳沢選手でしたが、極真の選手は倒れません。

みぞおちへのパンチは、効かなければ、圧力にならず、柳沢選手は徐々に押されて行きます」


また、手数の多い極真の攻撃。無尽蔵なスタミナ。



対する正道会館の、急所をピンポイントで狙う攻撃は、手数を多く出すようには作られていない為、

手数とスタミナの前に押されて行きます。







☆これは、私が、1986年に、正道会館ビデオを、初めて見た時に疑問に感じた、現実がそのままになりました。



私が、六志館の大会で、青柳館長の圧倒する空手を見た後だっただけに、


その違いから生まれた疑問でした。





正道会館の選手が、対戦相手の攻撃をくぐりながら、

巧みに、急所に、キックやパンチを入れてKOを奪って行きますが、

この攻撃で倒れないような強い選手がいた場合、正道会館の選手は、どうやって勝つのか???




弱い選手ばかりでしたから、KOを奪えますが、この正道会館の攻撃に耐えられる選手がいた場合、ひたすら膠着して、引き分けになるはず…。

正道の攻撃は、効かなければ話にならず、判定勝ちを奪う要因がありません。





対称的に、青柳館長の
手数とパワーで、ガンガン突進して行く空手は、倒せなくても、判定勝ちの出来る空手です。

相手が後退して行きますから、判定勝ちの旗が上がりやすいのです。



青柳館長の空手は、KO率が低いものの、パンチは、胸を狙ったパンチが多く、

みぞおちを狙った場合も、拳は上向きの場合が多いです。

(脇腹を狙う場合は、下向きか縦拳です)






「正道会館が独自に進化させた倒す空手は、極真には勝ちにくい




しかし、その時、角田さんが…



次のYouTubeをご覧下さい。

極真vs正道2、私の極真参戦を止めた青柳館長(他流派)

時期は忘れましたが、

私が、「極真に出ます」

と言ったら、青柳館長が止めました。

「う~んそれは考えさせてくれ



青柳館長は、極真空手の全日本大会で、ベスト16。


他流派では、称賛された結果でした。

青柳館長は、正道会館の選手にも負けた事がありましたから、


私は、

「極真も正道も同じ位では?」

と考えていましたが…

館長は、極真の怖さを知っていたのか…?









正道会館は、1989年、極真空手への挑戦を宣言しました。


ちょうど、クリスマスイブの日に、極真の全日本大会があり、


正道会館が、参戦を表明しました。


しかし、何故か流れました。




私は、この頃、佐竹選手に流れた理由を直接聞いています。


「参加申込書が、間に合わんから、ファックスで送ったら

ファックスじゃ駄目だと言うし、送ったけど、もう駄目や、言うし、訳わからん

(結局、半年後の極真ウエイト制の全日本大会に、正道会館勢は出場します。


佐竹選手の著書「真っ直ぐに蹴る」には

「極真ウエイト制に参加申し込みをしたけど、参戦拒否された」<書類の不備?>

と書いてありましたが、

私個人は、眉唾のような気がします。


この、クリスマスイブの全日本大会の事と話をすり替えたか、勘違いをしているのでは?

と思います。

柳沢選手が出場出来て、佐竹選手だけ拒否されるなんて事は、考えにくい気がしますが、

まして書類の不備なんて…?一人だけ不備?

私には、真相はわかりませんが…)







極真ウエイト制全日本大会。


私は、二日目の会場に行きました。

(初日は、一回戦です)



正道会館の選手に聞くと、初日に負けたのは、二人のみとの事でした。



私は、喜びました。

何せ、正道会館に負け続けた、空手人生。


正道会館に勝ってもらわなければ、困りますし、


私は、正道会館の方が強いと信じて、

正道会館のテクニックをバイブルにして来ました。

極真vs正道1(他流派)

正道会館を初めて見たのは、寛水流時代です。


愛知県で行われた、誠心会館の全日本大会に、寛水流からお忍びで参加した知り合いを応援する為でした。

(寛水流といっても、寛水流に入る前に、空手の下地が出来ていた人です)



優勝が、川地さん、2位が松本選手、3位が佐竹選手で、全員、正道会館でした。


ちなみに私の知り合いは、角田さんに負けました。



しかし、素人同然だった私には、正道会館の強さが良く解りませんでした。


強く見えたのは、角田さんだけで、地味な正道会館の空手は分かりにくかったのです。






その後、寛水流を辞めてから、フルコンタクト空手の道に入り、

正道会館の全日本大会の影像を見て、驚きました。



一回戦は、ほとんど

正道会館vs他流派(極真ではありません)

でしたが、築かれるKOの山

そして、他流派はほとんど勝てません。


元、極真空手であった、真樹道場、士道館まで負けて行きます(この理由は後に分かります)。





それから、私の中では、正道会館の空手が、バイブルになり、

極真からの興味が薄れて行きました。







私が、極真空手に入門しなかった理由は、やはり性格です。

「極真に入門するよりも、他流派として対抗して、意地を張りたい」

との理由でした。





のちに、プロレス界に入ってから、新日本プロレスなどの、メジャーに属さず、インディーを活動の場にしたのと同じ理由でした。






また、他流派の方が少数派でしたから、雑誌などで扱われ易く、名前を売るのが容易だったという理由もあります。










ある時、私は、二人の素人に、正道会館のビデオ影像と、極真空手のビデオ影像の二つを見せて、感想を聞きました。



一人は、

「極真の胸へのパンチが無駄に見える」

と言いました。




もう一人は、

正道会館のKOの山を築く空手を見て言いました。

「これは相手が弱いからじゃないの?」

と言いました。







実は、そうなんです


当時は、猫も杓子も極真空手の時代でした。



映画、「地上最強の空手」や


漫画の「空手バカ一代」

などの極真空手神話により、

日本全国、世界各地に、極真空手の道場が設立されて、

恐ろしい位の、極真空手人口を築いていました。





そんな中で、正道会館が独自の空手技術で、空手界に確固たるポジションを確立して、


大阪府立体育会館を満員にするまでにした事は、ある意味、奇跡に近い偉業でした。





しかし、フルコンタクト空手人口の中で、他流派というのは、ごく一部を指し


他流派のレベルが低い為に、正道会館が、KOの山を築けるというのが、現実ではありました。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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