伊東竜二選手と、サムライで対談しました

伊東竜二選手とは、遺恨もありましたが、和解。


私は、

「現役時代に、一番闘ってみたかった相手は、伊東選手であった」

と伝えました。



コミカルな試合になりがちなデスマッチファイターが、増えた中、


怖い位の、緊迫感のある試合が出来る相手だと、思っていました。



私と彼なら、お互いに、オープンフィンガーグローブを付け、


グローブに両面テープを巻き、両面テープに蛍光灯の破片を付けて、殴り殴り合うような、試合が出来たでしょうね。




サムライに、加入している方は是非、番組をご覧下さい。

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今週の週プロ(大日本プロレス20周年)

大日本プロレスが、来年20週年を迎えます。




☆今週の週プロの、登坂社長のコメント。


「上の人達は、他団体がら来たから、団体愛のような物は、なかった」

(大日本プロレスの初期)




これは、正に的を得た、コメントですね。



私が、大日本プロレスに、参戦した、6年間、常に、ウイングのリストバンドを身に付けていて、


「大日魂」


と言った事も、一度もありませんでした。




そんな勝手も、普通に許されていて、



大日本プロレスが、ずっと迷走していた時代ですね。





参戦していた理由は、小鹿社長(現会長)

と登坂部長(現社長)


との、個人的な絆と、





プロレス界に、自らの足跡を残していく作業の一環でした。







楽しかったかと、聞かれたら、全く楽しくは、ありませんでした。



店の、ハードな仕事の、合間を縫っての、試合は、ただただ苦しかったです。



トレーニングも、ほとんど出来ず、


しぼんで行く、体で試合に出るのは、嫌でした。






よく、大きな、怪我をしなかったと思います。

回復を祈ります

アブドーラ小林選手が、


C型肝炎の簡易検査で、陽性、



そして、ウイルス検査の結果、陰性でしたが、



更なる、精密検査の結果、残念ながら、


「C型肝炎ウイルスの残留が認められる」


との事で、治療に入りました。





実は、この時書いた、後輩レスラーとは、アブドーラ小林選手でした。


http://danger1383.blog50.fc2.com/blog-entry-1537.html



彼は、体重も重いですし、他のデスマッチファイターとは、比較にならない位の負担があるはずです。



ウイルスも、微量だと思われますし、いい機会ですから、体を休めながら、




鉄人の免疫力で、ウイルスを撃破してくれると信じています。

アブドーラ小林選手、検査結果は、シロ

C型肝炎検査の結果は、シロ



C型肝炎ウィルスが、体内に侵入した痕跡はあるものの、


現在、C型肝炎ウィルスは、体内に存在しないとの事です。


かつての、私と同じ結果でした。





ただ、誰かが感染していなければ、感染しない訳ですから、油断禁物です








しかしながら、今回、小林選手は、簡易検査の結果を公表した事によって、男を上げましたね。

山川竜司引退へ!!

山川竜司


7月15日の引退試合に向けて、


引退ロードに入ったらしいです…


一緒に、大日本の初期を過ごしただけに、気になります。



山川選手の試合は、もう長らく、目にする機会がありませんが、


もうそんなに酷いのですか?




「今の時点で、涙が出ているのだったら、引退なんかしなければいいのに…」




と思わないでもないです。






FREEDOMSの、小鹿社長の軍団にでも入ればいいのに…



と思います。
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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