茨城さんとのトークショー

久しぶりに感情的にもなってしまいましたが、今の私があるのは、茨城さんのお陰であります。


牛肉業界も大変な時ですし、トークショーは最後になると思います。仕事に、専念します。



茨城さん有り難うございました。
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日記の内容についてのお詫び

2009年2月8日の

「バルコニーダイブ後日談と新日対誠心会館」

の日記の内容につきまして、訂正とお詫びがあります。



この日記に「来原選手は、栗栖さんに、アゴの骨を折られて

二度と出ないと、ベソをかいて辞めた」


と書いてしまいました。


先日、来原選手より、手紙を頂きまして、


「栗栖さんと試合をした後、骨折した状態で、ニ試合行いました。その後、手術を受け、何とか復帰しようと努力しましたが、思うように行かず、やむなく辞めました。ベソはかいておりません」


との話を読みました。



私自身が、他人からの、尾ひれが付いた、聞きかじりの話を書いてしまいまして、来原選手の名誉を傷付けてしまいましたことを深くお詫びいたします。


現在、来原選手と連絡を取る手段がなく、

また、ご本人にお詫びするより、多くの方々の目に触れる、この場に、書いた方が、名誉回復に、良いと考え、筆を取りました。


来原選手、どうもすいませんでしたm(__)m

W☆INGとFMW

FMWへ移籍した、W☆ING軍団のインタビュー


「あいつらは、大仁田さんに守られて、ぬくぬくと育って来た。

俺らは、歩合制。いい試合をしなければ、飯が食えなかった」




W☆INGの選手は、ネームバリューがある為、インタビューの機会も多く、自分達を売るのも上手い。


対する、FMWの選手達は、インタビューの機会が、少なく、勝手な事が喋れません。


何か喋っても、すぐに、W☆INGの選手に、揚げ足を取られます。








実は、ぬくぬく育って来たのは、W☆INGで、


FMWの選手達は、仕事をしながら、練習と雑用をこなすなど、メジャー団体以上の苦労をしていました。





オフも、寮生活で、厳しい上下関係と雑用、そして練習があります。





W☆ING軍団の、オフは、高額な、ファイトマネーで、趣味を満喫



練習は、自由で、何もしない人もいたかも知れません。



私は、午前中に、ジムでウェイトトレーニングをすると、暇でした。



悩みと言えば、昼寝をしてしまうと、夜、眠れなくなってしまうので、昼寝を我慢する事と、


電話代が、多額になる事位でした。



みんな、暇なので、用も無いのに、電話を掛けたり、掛かってきたりで、暇を潰すからです。






おそらく、酒飲みには、都合が良かったでしょうね。



「飲むだけ飲んで、眠くなったら寝る

W☆INGとFMW

W☆INGは、色んな意味でお気楽な団体でした。

(練習、上下関係など)



対する、FMWは、メジャー団体並みの苦労をしていました。



そして、我々は、FMWへ移籍します。





当時の、FMWヘビー級のトップは、(上二人を除きます)

N山選手と、介選手

この二人と、金村選手を比べた場合、


ネームバリューの違いは、明らかでした。





我々は、FMWの生え抜きの選手の、激烈な苦労をすっ飛ばして、




上のポジションと、高額なファイトマネーを手にしてしまったのでした

W☆INGとFMW

W☆INGは、最初


「メイン以外は、見所なし」

と言われていましたが、


伸び伸びとした環境で、次第に選手が育って来ました。



島田さん(アマレス全日本社会人選手権優勝)

が、ヘッドハンターAを、ジャーマンスープレックスで、フォールする名場面が、

生まれたその興行の日の、週プロの記事は、


「ファンがW☆INGを認めた」

でした。

(メインだけのW☆INGではなく、W☆ING全てがファンに受け入れられたと言う事です)




茂木さんの、連続ジャーマンスープレックス

(腕のフックを離さないまま、連続してジャーマンスープレックスを仕掛ける、フィニッシュホールド)

なども、W☆INGの名物になりました。









しかし、FMWで、こんな技を使ったら、



上から、大目玉だったかも知れません。





要は、

「上より目立つ事をするな」


と言う事です。


(「上」とは、二人です。二人への配慮は、相当な束縛になります。

W☆INGでは、メインに怪奇派などが出ますから、特に神経質になる必要はありませんでしたが…)
プロフィール

松永光弘

Author:松永光弘
Mitsuhiro Matsunaga

学生時代より相撲、空手の修行に励み、1989年10月FMWにてプロレスデビュー。以降W★ING、大日本プロレス等の団体を渡り歩き、ファイヤー・デスマッチ、五寸釘デスマッチ、サソリサボテン・デスマッチ、裸足蛍光灯デスマッチ等の危険且つ過激な闘いに身を投じる。1997年4月東京都墨田区にステーキ店「Mr.デンジャー」を開店。自ら厨房に立ち、仕込みから調理まで腕を振るう日々を過ごしている。

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